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墨工の歴史

■1900年  
明治33.2.18 東京府職工学校の設立を公示し、本所区本所林町1-76(現 墨田区菊川1丁目)に設立。
 木工科(大工・指物・木型科)・金工科(仕上・鍛治・鋳造・板金科)を設置。3年制。40名募集
2.26 岩手県実業学校長今景彦、校長に就任。 
7.21 開校式を挙行。 
明治34.7.11 東京府職工学校を東京府立職工学校と改称。 
明治35.3.4 附属工業補習夜学校を設置(科目制 ― 大正6年2月まで)。 
明治38.4.1 課程を改め、建築部(造家科、家具科)・機械部(木型科・仕上科・鍛治科・鋳造科)の2部6科制とする。 
明治38.11.1 適材教育部を設け、各工場の依頼により職工の再教育を行う(毎週2日、午後授業)。 
明治40.4.1 校長今景彦、東京府立工芸学校長に転任。
 岩手県立工業学校長秋保安治、校長に就任。 
大正5.4.1 建築部に左官煉瓦科・塗工科を設置。電工部を新設、電気機械製作科を設置。定員240名。 
大正 6. 3. 1 附属工業補習夜学校を附属工業補習学校と改称。はじめて学年制と科目制の2本立てとなる。学年制は中等工業科の機械科を設置(修業年限3年)、科目制は機械・電機・建築に関する科目を開講。 
大正7.2.1 校長秋保安治、東京高等工業学校教授に転任。主席津田信良、校長に就任。 
大正8.4.1 紡機部を新設。紡織機械部を設置。電工部を電気部、電気機械製作科を電気機械科と改称。定員315名。 
■1920年 
大正9.4.15 校名を東京府立実科工業学校ならびに併設工業補習学校と改称。 
大正12.9.1 関東大震災で校舎を全焼。 
大正12.9.13 仮事務所を東京府立工芸学校長近藤栄助宅(牛込区若松町17番地)に置く。 
大正12.10.15 東京府滝野川商工学校で仮授業を行う。 
大正13.4.21 仮校舎を焼け跡に建て、復帰する。 
大正14.3.31 附属工業補習学校を併設工業補習学校と改称し修業年限を高小卒2年とする。 
大正14.4.1
学則を改め、工業学校規定による甲種(5年制)乙種(3年制)を設ける。
・建築部建築科(造家科を改称)甲種、家具科・塗工科・左官科(左官煉瓦科を改称)(乙種)
・機械部 機械工作科(仕上科を改称)(甲種)、鍛工科(鍛治科を改称)
 
・鋳工科(鋳造科を改称)・木型科(乙種)
・電気部 電気機械科(甲種)
・紡織科 紡織機械科(甲種) 定員450名
昭和2.11.18  校舎を深川区富川町3番地(現:江東区森下5-1-7)に新築し、移転。
昭和5.3.25 5年制課程第一回卒業式を行う。 
昭和7.4.1 左官科と左官彫塑科、鍛工科を鍛工冶金科と改称し、甲種とする。紡織機械科を紡績機工作科、電気機械科を電気工作科と改称。夜間甲種工業課程を設置し、第二本科と称す。修業年限高小卒4年。 
昭和10.10.1 併設工業補習学校を廃止し、府立実科工業青年学校を設置。 
昭和11.3.31 第三本科設置により府立実科工業青年学校を廃止。修業年限小卒4年。紡績機械工作科を精密機械工作科に改称。 
■1940 
昭和15.4.1 家具科・塗工科をそれぞれ木工工芸科・塗装科と改称し、甲種工業課程とする。 
昭和16.4.1 左官科を左官彫塑科と称し、木型科とともに甲種工業課程とする。 
昭和17.4.15  校長津田信良退職し、主席教諭沢荘平、校長に就任。 
昭和17.3.31 第三本科を第二本科に吸収。適材教育部廃止。 
昭和18.7.1 都制施行に伴い、東京都立墨田工業学校と改称。 
昭和18.4.1 新学制により、課程を機械科2学級(第二本科は1学級)、電気科1学級、建築科1学級に統合改編。 
■1945 
昭和20.3.10  空襲により校舎内の殆どを焼失する。 
昭和20.4.1 課程を機械科1科とする。 
昭和21.4.1 電気科・建築科を復興して3科となり、学級数は昭和19年度の数に還る。東京都立造船工業学校を本校に合併し、新たに造船科を置く。 
昭和22.4.1 新学校教育法施行により、東京都立墨田工業学校併置新制中学校を設ける。(2・3年のみ)
 江東区立深川第一中学校を本校内に設置(昭和23年9月迄)。 
昭和23.3.1 月島分校を中央区佃島小学校内に設け、機械工作科・商業科各1学級を置く。 
昭和23.4.1 新制高等学校令施行に伴い、東京都立墨田工業新制高等学校と改称。本科を全日制課程、第二本科を夜間課程、月島分校定時制課程と改称。 
昭和24.4.1 新学制による専修課程を以下のように定める。
 (全 日 制) ・機械科=機械科課程・鋳造科課程・鍛造科課程(1学級)
・電気科=電気機器製作課程・電力課程
・建築科=建築課程 以上6課程 定員600名
 (定時制中心校)機械工作課程・電気機器製作課程・建築課程
 以上3課程 定員480名
 
昭和24.10.29 定時制分校を中央区立月島第二小学校に移転する。
■1950 
昭和25.1.26 東京都立墨田工業高等学校と改称。 
昭和25.4.1 月島分校定時制課程に普通課程を設け、商業課程は学年の進行をもって廃止。 
昭和26.3.21 併設新制中学校廃止。 
4.1 夜間課程を定時制課程と改称。 
9.26 東京都立工業高等学校機械技術共同実習所(所長は校長が兼務)開所式。 
昭和27.6.28 電気事業主任技術者資格検定規則第7条の2により全日制電気工作、電気機器製作課程認定される。(同日付通産省告示第144号)
この年の体育祭より、鳳凰・白虎・玄武・麒麟・青龍の五団で競い合う。 
昭和29.4.1 越中島保安庁内に月島分校分教場を設置し普通科授業を実施(昭和32年3月迄)。
 2学年定員100名 
昭和29.10.16 創立55周年記念式典を行う。 
昭和30.10.1 校長沢荘平退職し、東京都立蔵前工業高等学校長伏見三郎、校長に就任。 
 
昭和31. 3. 3  電気事業主任技術者資格検定規則第7条の22より、定時制電気製作課程が認定される。
 (同日付通産省告示第62号)
4. 1 高等学校新学習指導要領実施。 
4. 1 東京都立工業高等学校機械技術共同実習所を、東京都立工業高等学校工業技術共同実習所と改称。 
昭和33. 9.30  定時制分校、独立校舎(中央区月島西仲通12丁目7番地)に移転。 
昭和34. 1.12  本校舎6,711平方米(2,033坪)の改修工事(昭和22年着手、昭和31年本格実施)終了。 
4. 1 機械科課程・鋳造科課程・鍛造科課程・電気科製作課程・電力科課程・建築科
 課程を機械科・電気科・建築科と改称。定時制(中心校)も機械科・電気科・
建築科、月島分校定時制も機械科・普通科と改称。 
昭和34.10.17  創立60周年記念式典を行う。 
昭和35. 2. 1  定時制分校普通科募集停止、機械科2学級(定員80名)の募集を決定。 
■1960 
昭和35. 4.11  機械工場337.98平方米(102坪)電気工場379.04平方米(114坪)が竣工。 
7. 1 東京都立工業高等学校工業技術共同実習所を、都立工業高等学校江東工業教育共同実習所と改称。 
昭和36. 4. 1  校長伏見三郎退職し、東京都立港工業高等学校長赤池憲、校長に就任。 
昭和36. 7.28  増築校舎1,895平方米(574坪、新館:図書室・実験実習室9・管理室5)が竣工。 
昭和38. 4. 1  校長赤池憲退職し、東京都立向島工業高等学校長佐々木亀広。校長に就任。 
昭和39. 3. 1  都立工業高等学校江東工業教育共同実習所を都立江東工業教育共同実習所と改称。 
昭和40. 4. 1  校長佐々木亀広退職し、東京都立本所工業高等学校長仁藤友雄、校長に就任。 
昭和41. 3.31  月島分校第一期校舎改修工事完了。 
昭和42. 3.31  月島分校第二期校舎改修工事完了、4階建校舎竣工。 
昭和42. 3.25  東京都立江東工業教育共同実習所廃止。 
昭和42. 4. 1  月島分校に自動車コース設置、機械コースとの2コース制となる。 
■1970 
昭和45. 8.26  機械科実習工場撤去跡地建設予定の第三棟に関し、地元町内会との合意成立。
昭和46. 4. 1  住居表示変更により、東京都江東区森下5丁目1番7号となる。 
昭和46. 6. 8  第三棟2,755.3平方米(体育館、実験実習室11、管理室2)が竣工。第四棟建設のため電気科実習工場撤去。 
昭和46.10.24  創立70周年記念式典を行う。 
昭和47. 3. 3  第四棟1,732.1平方米(プール、実験実習室4、特別教室4、管理室2)が竣工。 
昭和47. 4. 1  校長仁藤友雄退職し、東京都立工芸高等学校長高橋勇次、校長に就任。 
昭和47.11.29  校地拡張により旧伊藤忠商事鋼材置場が買収され、運動場(森下グランド)4.010平方米が竣工。 
昭和48. 4. 1  定時制募集人員1学級30名となる。森下グランドは墨田工業高校、深川第一中学校、森下五丁目町内会の共同使用となる。 
4.13 校地拡張により北三商会跡地788平方米が本校用地に加えられる。 
昭和49. 4. 1  定時制募集が3科各1学級に縮小。月島分校自動車コースが自動車科として独立。 
昭和49. 5. 1  校庭整備を行いテニスコート(3面)を設置。 
昭和50. 3.31  森下グランドに夜間照明塔(7基)が新設。 
昭和52. 4. 1  校長高橋勇次退職し、東京都立多摩工業高等学校長稲田襄治、校長に就任。 
4.11 月島分校自動車実習工場竣工。東京陸運局より認定工場認定(8.22)、運輸省より一種自動車整備養成施設指定(12.24)。 
昭和53. 4. 1  月島分校機械科生徒募集停止。
■1980 
昭和55. 4. 1  校長稲田襄治退職し、東京都立向島工業高等学校長青柳忠克、校長に就任。 
昭和57. 3.31  校舎改修第1期工事。増築校舎(B棟)3,912平方米竣工する。 
昭和58. 3.31  第2期工事。増築校舎(C棟)1,394平方米竣工する。 
昭和58. 4. 1  校長青柳忠克退職し、東京都立化学工業高等学校長楠見善男、校長に就任。 
昭和60. 1.18  第3期工事完了。A棟(管理部門室、建築実習室、特別教室、格技室、図書室、食堂等) 6,542.4平方米が竣工。A・B棟を第1棟、C棟を第五棟と改称。ソーラーシステムによる冷暖房設備を設置する。 
昭和60. 8.13  既存校舎(第二・三・四棟)、グランド改修工事竣工。 
昭和60.10.19  創立85周年記念式典を行う。 
昭和61. 4. 1  校長楠見善男退職し、東京都立羽田工業高等学校長加地正義、校長に就任。 
平成元.4.1 校長加地正義退職し、東京都立化学工業高等学校長高橋是清、校長に就任。
■1991 
平成3.4.1 校長高橋是清退職し、東京都立化学工業高等学校長小熊正、校長に就任。 
平成5.4.1 校長小熊正退職し、東京都立葛西工業高等学校長藤村仁、校長に就任。 
11.11 教育委員会により、電気科1学級減が決定。 
平成 6.4.1 同年度新入生より、機械科2学級・電気科1学級・建築科1学級の4学級編成となる。 
平成 8.4.1 同年度新入生より、進学対応を目的とした理工類型制を設置(但し平成15年度より「進学コース(類型)」と改称)。 
平成9.4.1 校長藤村仁退職し、東京都立鮫洲工業高等学校長稲見辰夫、校長に就任。 
平成10.10.7 教育委員会により、電気科1学級増が決定。 
平成11.4.1 同年度新入生より、機械科2学級・電気科2学級・建築科1学級の5学級編成となる。 
12.21 関東運輸局より自動車分解整備事業が認証される。 
■2000 
平成12.4.1 校長稲見辰夫退職し、東京都立江東工業高等学校長原田昭、校長に就任。 
平成12.10.28  創立100周年記念式典を行う。 
平成13.4.1 機械科2学級のうち1学級を学科改編し、自動車科を設置。 
6.1 国土交通省より自動車整備士一種養成施設指定。 
平成16.3.31 月島分校閉校(五十五年の歴史)
平成16.4.1 校長原田昭退職し、東京都立葛西南高等学校長佐藤榮、校長に就任。 
平成19.4.1 校長佐藤榮退職し、東京都立蔵前工業高等学校長野上明夫、校長に就任。 
平成19.10.24  日本工業大学と高大連携型教育の実施に係わる協定を締結。 
平成19.12.13 インターンシップ第2学年全員参加(138名)(12月13日・12月14日) 
平成21.4.1 校長野上明夫退職し、東京都立総合工科高等学校長松本光正、校長に就任。
■2010     
平成22.10.23 創立110周年記念式典を行う。
平成23.4.1 校長松本光正転出し、東京都立蔵前工業高等学校副校長加藤秀次、校長に就任。
平成24.4.1 ものづくり人材育成教育プログラム「特定分野」推進指定校となる。
平成25.4.1 「学力スタンダード」「技能スタンダード」推進指定校となる。
4.1 部活動推進指定校となる。
■2014 
平成26.4.1 校長加藤秀次転出し、東京都立足立西高等学校副校長小林晶代、校長に就任。
平成28.4.1 校長小林晶代転出し、東京都立杉並工業高校校長三神幸男校長に就任。
 
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